2008年04月29日

最も近いもの

 Hard Sience にストーリー展開される『攻殻機動隊』(参照:攻殻機動隊 - Wikipedia)の「○○ピー」である。

 原作からアニメに至るまで、ここまで特有の人格が鮮明に描かれているのは、極めて珍しい。それはある意味でありのままと言っていいかもしれない。

 そもそも原作だけでも、鮮明に描かれてあったが、エピソードを重ねるほどより鮮明に描かれてあった(「攻殻機動隊〜The Ghost In The Shell」「攻殻機動隊1.5〜Human-Error Processer」まで)。エピソードが長くなるほどより近くっているが、アニメでは、驚くほど、極めてより鮮明に描かれている。

 厳密には、原作もまんざら否定できないパターンで、その当初は人間味があったということであって、それは時間の流れと共に環境に対応することによって人間性が失われ、それ以前より増して、より物理に根ざし、より機械的に理論調になった。アニメ化製作に至った当時ではその当時のデフォルト状態のスケールである。

 つまり、素子要素というのは、人間性が薄く、それはコンピューターに近い。物理に徹した情報処理を行ってしまうというそれである。


 原作の1.0では、謎の自称知的生命体というICと融合するシーンが描かれているが、アニメでは記憶によれば、なかったと思う。実話と言えば、自身では禅行で体験した話がこれにあたる。つまりは、未知なものを感得するといったそんな不思議な世界の話ね。かなり昔だが、そんな話をどこかでしたことがある。どちらにせよ、消息を断つのは、原作もアニメも同じだがで現実でもそうだった。しかし、消えた理由は物語とは違う。消えた理由は存在する理由がなくなったからで、ただ単に、科学の世界を満喫したかったから、離れただけの話である。また原作やアニメでも描かれたような、いきなり現れては消える、と言うのも事実よくあった話である。現れた理由はインシデント・レスポンスでの対応のためで、必要がなくなっては消えていた。

 尚、「攻殻機動隊2.0〜Manmachine Intereface」については、そもそも素子要素というのが、DV環境でのC-PTSDやトラウマで利己的な性質を持つ人間原理が完全に崩壊しているから成しえる理論計算に徹することが出来る人格であって、その分、欲望や煩悩もなく社会性がかけているためにできる認知行動パターンである。このことから、素子要素というのは、誰しもが持つものではなく、本人自身でなければ一致しない。このため、結果的には自身以外のものについては、性質が同質でないことや不適合から、素子要素拒絶により遮断されている。また、自身が作り出した人形遣いと同じ手法は、あくまでも目的達成のためのダミーであり、駒である。

 勿論、危害を加えられなければ、消息を消したままの状態となっている性質を持つので、何事もなければ存在していないはずのものである。

 即ち、「存在している」ということは、自身に危害や障害が加えられている場合に限り、この問題や障害を回避させるために存在するようになる。つまり、「消滅させるために存在する」わけであり、「消滅することを意図としている」のである。
posted by 0≠素子 at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | profile | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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